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【書評②】青山まり『 ブラジャーをする男たちとしない女』 [書評アーカイブ]

青山まり『 ブラジャーをする男たちとしない女』(新水社、 2005年3月)の書評。
青山まり『ブラジャーをする男たちとしない女』.jpg
『図書新聞』(図書新聞社)2005年6月18日号(通巻2730号)に掲載。

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肩凝らしの私にとってブラジャーのストラップは大敵である。だから外から帰ってくると、真っ先にブラを外してしまう。バストの形を整えるために外出時には着けるが、家に一人でいるときは外す。時には色柄が「かわいいな」と思う商品もあるけれど、取り立てて愛着も執着もない。多くの女性にとってブラジャーと はそんなものだろう。
 
だから、数年前、Yシャツなど男物の衣服の下にブラジャーをしている男性がいる、しかも四六時中つけているほどの愛着をブラに抱いている男性がいることを、雑誌やテレビの報道で知った時、多くの女性は驚き、不可解に思ったのは無理もなかった。
 
本書は、4年前「ブラジャーをする男たち」(『Yomiuri Weekly』2001年11月4日号)を初めて世に知らしめたブラジャー研究家の青山まりがさらに取材と考察を進め、「ブラジャーをしない女」にも視野を広げてまとめたルポルタージュである。
 
ここで語られているブラジャーをする七人の男たちは、人生もブラをする理由も様々である。年齢的には36歳から57歳、既婚者も独身者もいる。ある男性は過労死しかねないような仕事のストレスをブラをすることで救われたと語り、またある男性は心の中の女性がブラを着けた瞬間に目覚めたと感じる。女性下着のやさしい皮膚感覚に魅せられてブラをする男性もいる。いずれにしてもブラジャーをすることで心の癒し、快適さ、抑圧からの解放を感じている。
 
こうした嗜好をフェティシズム(物品や身体の一部への性的嗜好)という言葉で表現してしまうことは簡単だ。しかし、もう少し考えてみよう。
 
彼らはなぜブラジャーに固着したのだろうか? 彼らの語りを読むと、ブラジャーという女性下着に、その機能性を超えた様々な意味を与えていることがわかる。それを一言で表せば、女性性の象徴という意味付けである。女性性の象徴としての乳房を包む物としてのブラジャーもまた女性性の象徴となり、それを身につけることにより、自らの女性性の欠落(内在的な欠落であるにしろ、対人的な欠落であるにしろ)を補おうとしているという解釈ができるだろう。
 
そして彼らの背景には、本来ただの「乳あて」「乳支え」に過ぎない布に、過剰なまでに女性性を象徴する意味を付与してしまった、この何十年間かの日本の性文化の有り様が見えてくる。
 
こうした男性の気持ちを、ブラジャーによるバストの寄せ上げなどのように女性性を過剰に表現することを社会的に期待され、それにいささか嫌気がさしている女性に理解させることはなかなか難しい。本書には女性サイトに寄せられた意見が付載されているが、中には「吐き気すら覚え」るという強烈な反感も表明されている。
 
しかし、著者のブラジャーをする男たちへの視線はかぎりなく優しい。男性でもブラジャーを試着して買える店のリストや周囲の人にブラ着用を気づかれない方法など、ブラジャー愛好男性のためのノウハウが親切に提示されている。ブラジャーをする男たちと著者の深い信頼関係がそこにある。
 
そして著者は「『男の人はブラジャーを着けてはいけない』といったルールが世の中にあるということは、実はとても暴力的なことなのではないでしょうか」とまで言う。その賛否はともかく、「男らしさ」を強要された結果、自殺に追い込まれるような状況で、ブラジャーをすることで心のバランスを取り戻せるのならそれでいいのでは、という提案にはうなずく人も多いのではないだろうか。
 
ところで、本書でいう「ブラジャーをする男」とはあくまでも男の服装の下にブラをしている男性のことで、私のように男の身体を持ちながら長年「女」として社会活動を行っている者や、以前、私が手伝いをしていた新宿歌舞伎町のニューハーフ・パブのお姐さんたち、あるいは最近「流行」のMtF(Male to Female 男から女へ)の性同一性障害の人たちは、その範疇に入らないらしい。私を含めてたぶんほとんどの人が、少なくとも外出時にはブラをしていると思うのだが。性別認識のあり方という点でも、なかなか興味深い。

欲を言えば「ブラジャーをしない女」についても、もっと取材を深めてほしかった。人間の多様な「性」について考えてみようとする人にはお薦めの一冊である。
 
(国際日本文化研究センター共同研究員・性社会史)




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